民俗学者は戦争嫌い? 結局、弱い者が犠牲に

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民俗学者は戦争嫌い? 結局、弱い者が犠牲に /山形

毎日新聞 2015年10月15日

 

資料保存先少なく やむなく廃棄も

戦後70年の今年、戦争体験や関連資料の取材を重ねてきた。その過程で、農村地帯の生活・風習・文化を調査研究している多くの郷土研究家や民俗学者らに出会った。そして、ほどんどの研究者が力強く「反戦」を語った。なぜ民俗学者らは戦争を嫌うのか。疑問に思ってその理由を探ってみると、戦争の本質が見えてきた。さらに意外にも戦争資料の引受先が少ないことも分かった。【佐藤良一】

 

8月2日、米沢市に初めて戦争資料館がオープンした。公益財団法人「農村文化研究所」(同市六郷町)が、敷地内の空き家を改装して展示室にした。過去の記憶が刻まれた庶民の品々が、戦争の無残さを伝えてくれる。開所式で、同研究所所長の佐野賢治・神奈川大教授(64)が「千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館には、戦争の小さなコーナーがあるだけで常設の展示室がない。日本のナショナルミュージアムがその程度だ。日本は、まだまだ戦争したことについて反省していない」と投げかけた。

 

文化功労者の文化人類学者・川田順造氏(81)も式に駆け付け、自身の戦争体験を語った。「太平洋戦争が始まった昭和16(1941)年、私は国民学校の1年生だった。物心ついた時から日本は慢性的な戦争状態だった。玉音放送を聞いて、戦争がなくなるということに不安さえ覚えた」と振り返った。

 

式の後に懇親会があり、記者も参加した。地元の郷土史や民俗文化を研究する約30人が集まった。その場でいろんな人の発言を聞き会話もしたが、ほとんどが反戦の心情を口にした。

 

同研究所の遠藤宏三理事長(74)は、その理由を「農民のような弱い立場の者がいちばん犠牲になるのが戦争だ。庶民の生活文化を研究している人間にはそれが分かる」と話した。名もなき民衆の生活を記録したシリーズ本「日本残酷物語」は、民俗学者の宮本常一や谷川健一らが中心になって1959年に刊行された。巻頭に谷川が執筆したという「刊行のことば」が掲げられている。

 

「戦時中の召集令状や衣料切符、戦後の新円貼付(ちょうふ)証紙を保存しているものが、わずか20年後の今日ほとんどいないことからみても、現代がむざんな忘却の上に組み立てられた社会であることがわかる」−−。

 

そして、こうも訴えている。「小さき者たちの歴史が地上に墓標すら残さなくなる日は眼前に迫っている。それだけにいっそう死滅への道をいそぐ最底辺の歴史を記憶にとどめておくことの必要の今日ほど切なるものはない」

 

同研究所によると、県内には戦争資料の保存や常設展示を引き受ける団体・機関がほとんどないという。このため、戦死者の遺族から「戦時中の資料を預かってほしい」などの要望も寄せられているが、やむなく処分するケースも多いという。県や市町村は率先して保存する姿勢を示してほしい。まずは、置賜地方に戦争資料館ができた意義をかみしめたい。