来館者をご案内していると、お一人お一人の思い出が
民具を通して次から次へと語られます。
「戦前、これに土を入れて担いで運んで、私そこの土手を作ったんだよ。
二人で担ぐんだけどね、坂をのぼっていくでしょ、後ろが難しいの。力がいるしね。
だから後ろは体の丈夫な人、前は弱い人。
私は前を担いだ。」
「小学生の時ね、冬になると授業なんてやらなかった。やらないで体育館みたいなところに集められて
子供たちみんな、これでむしろを編んだんだよ。」
「朝、遅くても四時半には起きて、これに牛の一日分の餌になる草をとって運んできたんだ。
ここの背負う部分がそれぞれの肩幅に合うように作るから、その人その人で自分専用のを持ってた。」
「私はゴム長を買ってもらえたからもってたんだけど、このワラのやつの方があったかくてすべらなかったなぁ。」
もう、実際には使われることのない民具ですが、
来館者の記憶とともに、尊い語りとともに、
私の目の前で生き生きと蘇るのがわかります。
今、ついさっきまでこの方と一緒に働いていたかのように。
その尊い思い出は、
もったいなくも私の脳と心にに伝授され、
私が民具に接する度に私の中で何度でも蘇ります。
みなさんそれぞれの民具に対する想いが、鮮やかに蘇ってきます。
これが私だけでなく、たくさんの子供たちに伝わればいいな
広がればいいなと、そう思います。
これからを生きていく子供たちによって受け継がれていけば
いつまでもいつまでも、民具たちは生き続けることができるのになと、
そう思っています。